乳がんになって目が覚めた

乳がんになって目が覚めた

これまでの治療時の記録、また、当たり前に朝が来て過ごせている感謝の日々、そこから残していきたいことなども書いていきます。

1999年の年末、育児日記に書いていたノストラダムスの大予言と家族のこと

ノストラダムスの大予言の年が無事に終わる(*ノωノ)

・・そう思いホッとしている私がいました。

1999年12月31日付で、育児日記の後ろの方のページに書かれていたこと。

予言が当たったらどうしよう…と密かにビビッていたその年が、

予言どおり世界の終わり(地球滅亡?だったかな)がこないまま無事に終わることに安心していました。

しかもこの年、結婚していて可愛い子供たちにも恵まれているなんて、

あぁ自分はなんて幸せなんだろう~としたためていました。

電力会社に勤めていた夫は「2000年問題」待機のため、大晦日でしたが出社していました。

27才だった私は、もうすぐ3才になる長男と生後6か月を迎える次男と穏かな時間を過ごし、寝かしつけた後のひとりの時間にそれを書いていたようです。

そこには、子供たちが可愛くて可愛くて毎日が楽しくて、まさに幸せオーラ全開という表現がピッタリなことばかり。

のちに当時の我が家に大変なことが起きてしまう事なんて、

でも、予言?予感?

いったい何なのか、そのページには

「神様、この幸せ絶対に奪わないでネ」

そんなことも書いていました。

 

この3年後に夫が病気で亡くなるなんて、もちろん夢にも思いませんでした。

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2003年に、夫は「自分にできることは最後まで頑張る姿を子供たちに見せること」私にそう呟いた言葉どおり立派に癌と闘い、

そして36才の若さで旅立ちました。

 

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2000年を迎える直前の1999年大晦日、育児日記の後ろのページの自由欄にこんな感じで走り書き。。

しばらくは、読むとどうしても辛くなったけど、

今は、誇りでもありかけがえのない大切な時間だったと振り返ることができています。

自分が今こうしてゆったりした気持ちを持てていること、

家族そしてこれまで支えてくれた方々に感謝しかありません。

 

来年は夫が逝って18年目になりますが、

早かったのか遅かったのか、

自分でもよく分かりません。

ただ、子供たちと過ごした時間はアッという間でした。

 

先には何があるのか、人生いつ何が起こるかは、本当にわからないです。

わからなくて当たり前なんだけど、

わからなくて常に怯えていたあの頃の自分にこう伝えたい、、

そして現在も相変わらず心配性でビビりな自分にも、、、

 

  楽しいことばかりではないけど

  決して悪いことばかりでもない

  自分を信じ、自信をもって大丈夫

 

これからも地に足をつけ、私たち家族が笑って、楽しく、それぞれに今を精一杯生きること

それが天国にいる夫と、そして去年そっちにいった私の祖母への何よりもの恩返しだと思っています。

 

子供達のこと、

これからも見守って下さいね。。

 

 

よろしくー✨✨

 

 

 

 

 ※亡くなった祖母のあったかい思い出