乳がんになって目が覚めた

乳がんになって目が覚めた

これまでの治療時の記録、また、当たり前に朝が来て過ごせている感謝の日々、そこから残していきたいことなども書いていきます。

もうすぐ10才になる三男が2才児健診で発達の遅れを指摘されてからのこと

子供に発達の遅れ?? 私が乳がん?!

39才で12年ぶりの出産、周りからは3人目のベテラン母さんと思われていたようですが、全くそんなんじゃなく、

実際は育児への「不安」がつきまとい余裕がないこの10年だった気がします。

三男は2才のとき市の健診で発達の遅れを指摘され、専門医の受診を促されました。

そして三男が3才のとき私にステージ3の乳がんが見つかり治療が始まりました。

グレーンゾーンのまま通い始めた幼稚園で一つ一つ出来ることも増え、年少クラスに馴染んできてホッとし始めた頃でした。

長男(社会人)、次男(大学3年)、小学4年生になった三男、

今日は3番目の息子のこれまでのこと をそっと書いておきたくなりました。

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昨日は数日ぶりの積雪で、日中、三男と雪かきを一緒にしました。

体も細く小さく、運動もあまり好きじゃないので、

雪を寄せる・集める・運ぶ、そういうことに去年までは全く興味もヤル気もない様子でした。

でも今シーズンはいきなりスイッチが入ったようでビックリ!そんなに力がついたんだ・・・

想定外の活躍で私も嬉しかったし、

息子も私に頼りになるわ~言われ、ドヤ顔(笑)

去年の夏に私がリンパ浮腫になって治療したことがあったので、

兄ちゃんたちも今は家にいないし「オカンを手伝わなくちゃ」とも思ったのかもしれません。

 ※その時のことはこちら…

 

人よりゆっくり前に進む、そういう子

三男は言葉が出ず反応もイマイチな感じはしていましたが、

まぁ男の子だし…と、さほど初めは気にしてませんでした。

でも2才児健診で「発達の遅れ」を指摘され受診をすすめられたら今度は一気に不安 になってしまいました。

3番目の子供だから「なるようになるさ」という余裕をもてるどころか、

子供の将来のことだからこそ逆にものすごく不安になり、

初めて「子供の発達障害」というものについて自分なりに調べました。

今まで知らなかったことばかりで、衝撃を受けました。

でも、いずれも早いうちからの行動・対応が必要であるとのこと、

まずは手探りで動き出しました。

上の息子たちの言葉… そこから私も冷静に進み出せた

はじめに受診した小児心療内科では、

2才の息子を見るなり医師がまずはこう言ったのを鮮明に覚えています。

「この子ね、完全に自閉症。 あのね、小学校とかも普通学級は無理ですよ。学習障害もきっとありますよ。幼稚園とか行かすつもり?…療育で1対1から始めなきゃ~。お母さんは良くてもね、この子が可哀想、ポカーンとね、何にもわからない中に放り込んだってね(苦笑)」と。

その道のプロ(おじいさん先生)がそこまで言うんだから、そうなのかもしれない。。

三男の将来を考え、悲観し、

私がしっかりしなくちゃならないのに、

ただた先の見えない状況が不安でしかなくなりました。

再婚してからポッと授かり高齢で産んだ3番目だったので、

もし何かあれば親が死んだら兄弟がおとうとの面倒見ていくことになるのかと、そんなことも考え申し訳なくなりました。

けれど当時中学生だった次男と高校生だった長男は、

「え、そうなんだ。でも別にぃー。どんな〇〇(三男の名前)でも、〇〇は〇〇でしょ。」

 

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 2021 お正月の三兄弟

・・・兄ちゃんたちの方がよっぽどしっかりしてました。

息子たちのその言葉にハッとし、

救われた、

情けない母親でした。

 

まずは自分が切り替えようと思いました。

同じ診断だとしても他の病院ではどんな対応をするのか聞いてみたい

全てをネガティブに考えてしまっていたのを改め、

受け止めて前に進もう、まずは自分の直感を信じて動くことにしました。

やはり自分は何度か息子を連れてその医師のところへ通ううち、

全てが一方的で高圧的で会話にならない医師の態度が気になりました。

診断が間違えてるのではないか?というのではなく、

ふたこと目にはグズる息子を指差し「完全にホラ、自閉症だから」

来院する子供へ向ける眼差しが、常にそんな感じで、

何かこう、違うような気がしたのです。

このままじゃ〈私が持たない…〉と感じ、やはり自分でもある程度見極めないと後悔すると思いました。

次に受診した小児心療内科では別の対応だった

そして、思いきって別の病院へ息子を連れて行き、

きっと同じ診断だろうけれど対応はどんなふうなのか、治療の方針なども聞いてみたいと思いました。

そうして予約を入れてみた病院で、若く聡明な先生(女医)との出会いがあり、

今があります。

はじめにいろいろ検査をして、そのあとは先生が直接息子と話し触れ合う形で始まりました。

その先生は「私は〇〇くんを今の段階で自閉症と診断することはできません」ということでした。

「幼稚園など集団保育の中での成長をみていっていいと思います。

家庭でも皆さんが積極的に話しかけ五感を刺激していきましょう

項目でみると確かに発達の仕方にデコボコはありますが小学校にあがるまでは個人差があります。

小学校にあがった時点で平均的な部分までもっていけたらいいんです。

まずは小学校にあがるまで様子をみましょう。

小学校にあがるとき気になることがあれば、またそのとき考えましょう」と

 

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幼稚園では私の闘病中、先生方にも協力してもらいながら、

息子はたくさんのことを学ばせてもらい成長させてもらいました。

最後は年長さんのお泊り会もシッカリ楽しんでこなしてきました。

そして小学校入学。。

勉強も普通についていってるようです。

2年生から触りだしたバイオリンには、今はすっかりハマり、

現在はバッハの《協奏曲イ短調 第1楽章》を絶賛練習中。。

家ではSWITCHのやり過ぎで私にガンガン怒られたりはしてますが、

何はともあれ、友達にも囲まれながら無事にこの春5年生になります。 

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ついつい『普通はできるのに』と比べる、

『まわりとスピードが違う』と比べる、

また、心のどこかで『個性』と認めればいいことと分かっていながら『こだわりが強いのでは』と気にしてしまったり。

それらはむしろせっかちな私だけの問題だったのです

人より時間がかかってもちゃんとできていたり、

苦手なことはあっても得意なことはどんどん伸びていったり、

息子なりにゆっくり成長していました。

がんばって努力もするけど、かなりテキトーなこともする(笑)

人の気持ちもわかり空気も読みます、読み過ぎるくらい(汗)

子供の心の病気に対しては知識が中途半端な私が確実なことは言えませんが、

それと、やはり私の中で 三男にはどこか勝手に育つという甘えや変な自信があったのだと思います。

声かけも少なかった、赤ちゃんのときからの接し方に手抜きが確かにありました。

そんなことから、発達に遅れがあると指摘を受けバタバタしたことは無駄なことではありませんでした。

三男の成長は、意識をして家族みんなが一丸となって言葉がけや接し方を丁寧にしていった賜物でもあったと思います。

これからも何が起き、どんな覚悟を家族で共有することになるかわかりません。

常に、大事なことは何かを見据えながら今を大事にこれからも毎日を過ごしていきたいと思います。

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・・・と、こんなに長くなった投稿は初めてでして。

いつも話が長くなりますが、

さすがに3000字超えは・・・

このページに来てくださった方も読んでいてきっと飽きて離れちゃうよな~と。。

2回に分けて投稿しようかとも思いましたが、

やっぱりこれはこれで、

まぁいいか、と。

一気に記憶を辿りながら記録して、終えておくことにしましたー!

 

ここまで読んでくれた方がいらっしゃいましたら、

時間をさいてくださって本当にありがとうございました💦